日暮里のカンカン森通りの名前の由来は「神々森」だった!

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尾竹橋通りの東日暮里から日暮里公園の側を通り、三ノ輪方面に抜けていく通りの一つに、「カンカン森通り」があります。
スーパーマーケット「ユータカラヤ」の前の通り、と言ったほうがわかりやすいかもしれません。

ちょうどこのユータカラヤの近くにある小さな神社は猿田彦神社。
地元の信仰を集めてきました。

この神社の鳥居の側にある石碑を見てびっくり。
「神々森猿田彦神社」と書かれています。
日ごろ「カンカン」と思っていましたが実は「神々」だったんですね!
もう20年近くこの土地に住んでいるのに知らず、大変失礼いたしました。

どんな場所だったのだろうと文献を調べてみたところ、「日暮里町制沿革史」という本の存在を知り合いが教えてくれました。
古めかしい文章でとっても読みにくい!のですが、中身を紹介。

いわく、日暮里の辺りは正保3年当時(っていつなの?というと、徳川家光が三代将軍だった江戸時代初期です^^)は谷中あたりまで含めて「新堀(のちの日暮里」と呼ばれ、63戸しかおらず、その大半が農民、というのどかな田園地帯だったようです。
その頃からこの地には猿田彦命を祀る社があり、それをとりかこむようにちょっとした森があったようです。
一つの畦道がこの森に通じている様子が弁天森のような威厳があり、その様子が神々しかったゆえに神々森と呼ばれた、というのが一説。
中にはちょっと艶っぽい話しも^^

●日暮里町制沿革史 国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1112228

桜の季節はキレイなカンカン森通り。
往時の様子を思い浮かべるのは少々難しいかもしれませんが、猿田彦神社のどこかにその痕跡があるかもしれません。
カンカン森通りの歴史に詳しい方、ぜひ教えてください。情報お待ちしてます。

●カンカン森通り(荒川区役所サイト)
https://www.city.arakawa.tokyo.jp/a043/shisetsuannai/ryokka/ryokka066.html

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