「荒川区のオキテ」と名付けた連載の第2回目です(第1回目はこちら)。
「荒川区のオキテ」とは、守らなければ生きていけない!とかそういう「オキテ」ではもちろんありません(笑)。荒川区で暮らす上で知っておくと良いこと、という意味で「オキテ」と名付けました。ゆる~く読んでくださいませ。
荒川区はどこにある?
まず最初にお話したいのは、「荒川区の場所」についてです。
荒川区ネイティブ(?)というか、荒川区に住んで長い人は何をそんな当たり前のことを書くのだと思うかもしれませんね。しかし荒川区の常識は日本人の常識では・・・ちょっと大げさですね。東京都民の常識ではないことは、結構あるんです。
荒川区民にとって荒川区がどこにあるか知っているのは、まあ当たり前です(知らない人はいないですよね?)しかし、荒川区外の東京都の方で、荒川区の場所を知らない方は沢山いるのです。みなさんは経験がありませんか? 「どこに住んでいるのですか?」と聞かれて、「荒川区です」と答えると「???」というような顔をされたことは?
私は、過去にこんな経験をしました。
- 「荒川区っていいですよね。荒川の河川敷が大好きです」(荒川区に荒川の河川敷はないんだけどね。。)
- 文京区白山にある東洋大学まで仕事で通っていたとき、荒川区にある家から東洋大学まで、自転車で15分かからないと話すと、「荒川区って遠いでしょう?あなたの足は超人的ですね!」(荒川区は文京区と隣接してます。。)
- 荒川区に住んでいると話すと、「金八先生だ!」(確かに物語の中では荒川が出てきますが、お隣の足立区のお話しです。。)
- 自由が丘の老舗の洋食屋さんで食事をしていて、お店の方に「荒川区から来たんです」と言うと、「わざわざ遠くからありがとうございます」と、お店のご主人と奥さん、先代の老夫婦まで出てきて挨拶をしてくれた(日比谷線で一本で行けるんですけどね。。^^;)
なんて。まだまだ他にもありますが。。
荒川区を流れるのは荒川ではなく、隅田川です。
東京の東側以外の人にとっては、荒川という川は遠く離れたところを流れていて、イメージ的には足立区、葛飾区、江戸川区あたりのようなイメージで荒川区を想像している方も多いように思います。
実は荒川区を流れているのは隅田川で、浅草や両国、築地につながっている「あの川」がそれなのです。
荒川区は隅田川をはさんで足立区、墨田区に面し、地続きで北区、文京区、台東区と面しています。遠く彼方にあると思っている人には山手線の駅もあることを教えてあげて下さい。日暮里、西日暮里は荒川区にある山手線の駅です。
京成線、JR線、日暮里舎人ライナーが接続する日暮里駅
荒川区のほとんどは、下町の低地にありますが、日暮里の高台は武蔵野台地の末端であり、山手の台地の末端になります。
狭い意味では下町、山手とは江戸市街地の方をいいますが、現在使われているような、目黒、世田谷までを山手と呼ぶ使い方で言えば、荒川区にも山の手があるのです。
日暮里駅から世界へつながる
また、日暮里駅は京成スカイライナーの乗換駅でもあります。始発の京成上野駅が他の線と繋がっていないこともあって、成田空港から海外に行く人には、日暮里駅から乗り換える方も多いと思います。そう日暮里、ひいては荒川区は、国際都市東京の世界への玄関口でもあるのです。
日暮里駅から成田空港までは最短38分!
歴史的には北区、台東区、文京区と同じ郡に所属
荒川区は、お隣の台東区や文京区よりも、足立区と一緒に分類されることが多く、その結果、隅田川のはるか向こうに存在しているように思われることも多いと思います。
その昔、隅田川は郡境でしたが、荒川区は、北区や台東区、文京区と同じ武蔵国豊島郡に所属し、隅田川を挟んで足立区は武蔵国足立郡、墨田区は下総国(後に武蔵国)葛飾郡でした。歴史を紐解くと、荒川区と足立区、墨田区は習俗的に違うグループに属していることが分かると思います。
「荒川区ってどこにあるの?」と聞かれたら?
というわけで、「荒川区ってどこにあるの?」と聞かれた場合には、今度からは「文京区と台東区の隣で、山手線の駅もある世界の玄関口なんです」と答えましょう。
今回の「荒川区のオキテ」、いかがでしたか?
次号第3号では、 ”相手が荒川区自体を知らない場合はどう答えるか?”について、荒川区の名前の由来にも迫りながら書いてみようと思います。