製額の伝統を新たな領域へ〜日常を装う名刺入れ「名額」と栗原大地の挑戦

町屋から尾竹橋通りをずっと隅田川まで進んだ場所にある富士製額。
日本の伝統工芸である木彫様の型装飾品である東京額縁の技術を受け継ぐ工房です。

東京額縁とは、明治以降日本に伝わってきた洋画を彩るべく日本で独自に培われた額縁製作技術。
繊細な細工を施した木型を使って飾り型を作り、そこに箔押しを行った上で古美加工を施すことで完成させる、一つ一つ発注主の絵に合わせてオーダーメイドで作られる装飾品です。

2020年、東京都に今も息づく伝統工芸を活かした新たな商品開発を行い、国内外に発信していこうというプロジェクト「東京手仕事」に、富士製額の職人、栗原大地さんが考案した商品「Nagaku – 名額」が掲載されました。

額縁が絵を引き立てる名脇役であるように、ビジネスマンが持つ名刺を引き立てるのが名額。
手仕事によって削り出された木製の蜜蝋仕上げの名刺入れの上部のスライド式カバーに名刺を入れることで、机の上に置いたときにも名刺が引き立つのに加え、さっと名刺を取り出しエレガントに相手に渡すことができるように設計されています。

荒川102では2014年に26才だった栗原さんを取材。

荒川の職人さん:1人目「富士製額 栗原大地さん」(2014年2月記事)

当時「まだまだです」と笑顔を見せていた若き職人も今やこの道11年目。
7年ぶりに富士製額を訪れ、なぜ額縁ではない、新製品の企画を始めたのか聞いてみました。

 

この時代の中で自分の強みを活かせるものを


「ある時ふと、『このままただ仕事をしているとずっと勉強中だな』って思ったんです。うちの製品て全てオーダーメイドなので、催事などに出展したときに既製品として出せるものが写真立てとかしかないんです。そういうものって今の時代だと100均でも買えますし、この時代の中で自分たちの強みを活かしていくものを作っていかないと仕事がなくなっていくな、っていう危機感を感じたんですね。」

技術にはある程度自信がついてきていたという栗原さん。
同じぐらいの世代に買ってもらえるものを作っていかなければと、2019年、手始めに伝統工芸品の新しい販路作りに挑戦する東京都と三越の連携プロジェクトに応募します。

栗原さんが応募したのはテレビを飾るオーダーメイド額縁。三越が開催する外商販売会に出展しました。
木型による額製作という東京額縁の伝統を活かしたこの商品は高額にも関わらず、一個の販売に成功します。

三越の外商販売会に出展

「一つ売れたことで自信につながりました。そこから更にこういうものができないか、といった話もお客様からたくさん頂きました。そこで初めて『ああ、額というものにこだわらなくてもいいんだな』ということが分かったんですよね。それまでは額屋です。木材が余ったから写真立て作りました。そんな感じでしたがこの話で初めて『伝統工芸』として販売していく一つのモデルが出来たんです。」

自身で企画したTV額を1件成約。大きな自信に繋がりました。

これで自信がついた栗原さん、今度は一般の方でも手に取りやすい製品を作ることに着手します。
いくつか試作していた製品の中から最も自信のあった名刺入れにターゲットを絞り東京手仕事に応募します。
当初6種類あった試作品から審査を通じて、楓を使ったものとウォールナットを作ったものの2種類が残り、最終的にNagakuとして製品化されました。

ちょっとした持ちやすさにも職人の拘りが。

「これって面を取ってあるんです。会場に置いて手にとってもらうときに女性でも手に取りやすいように。ここにはレールがあって片手で名刺をスライドできるようになってます。。。」

利用シーンでの使い勝手に徹底的にこだわった。

使う人の利用シーンに沿って使いやすさを追求したり、実際の継続販売を考えて作りやすい設計に変えたりといった試行錯誤を繰り返したと言います。

 

自分たちが作るからこその付加価値とは
額縁であることへの拘り


一方、単なる名刺を入れる箱ではなく、自分たちが作るからこその付加価値はなければならない。
だからこそ、名刺入れでありつつも、額縁であることには拘りました。

「自分自身を縛ってしまっている部分もあるかもしれない。ですが、職人としてのプライドもあるし、自分たちのブランドはしっかり守っていきたい。だから額縁というコンセプトはどうしても外したくなかったんです。そこで『日常を装う』というコンセプトを立てて設計に取り組みました。」

日常を彩るものに。

額縁が美術品を装うのと同じように、この名刺入れは日常を装うものにしたい。
その思いは周りの先輩職人達も動かしました。

「会社の人みんなで作ったんです。これまで職人同士でそれほどコミュニケーションは取らなかったし、何かアイデアがあってもどうなるか分からないものに手は貸してもらいにくい。だけど、既に一つテレビ額縁で結果が出ていたこともあり、やりたいことをしっかり伝えると、皆が協力してくれました。」

職場の先輩を巻き込んでの開発作業。

今の居住空間に馴染むものを、ということで仕上げには和額の蝋磨きの技術も取り入れ、木調感を出すとともに木のぬくもりを感じる手触りも実現したNagaku。
手作りの木に天然の蜜蝋しか使っていないので使うほどに手に馴染み、くすんできます。
富士製額初めてのゼロから考えた自社製品の価格は13000円。

完成した名額

製品を作るだけでなく、その魅力を如何に伝えるか。どうやったら伝わるか。売れるか。
従来の職人の領域を超え、資料も写真も工夫を重ねて自ら徹底的に考え抜いたと言います。

「展示会などに出展しても自ら説明しないと内容が伝わらない部分はありました。POPとかいろいろ工夫は必要だなと思ってます。最終的には額縁を頼みに来てほしいというのがあり、その認知を広げるツールだと考えていますが、そのためには分かりやすさや、この製品と額縁の繋がりを想起させる小道具などもまだまだ必要だなと思ってます。」

 

ものづくりとは?自分自身の強みとは?
挑戦を通じて知った「商品作り」に必要なこと


新しい挑戦を通じて工房の外の世界に触れ、様々な人と関わり合う中で「新たなコラボレーション企画にも着手しているんです」という栗原さんが取り出してきたのは珈琲のドリップスタンド。
ドリップしているその瞬間を切り取る。装う。そんなコンセプトで開発を進めています。

試作品の珈琲のドリップスタンド。上にドリッパー、中にコーヒーカップを置いて注ぎます。

この製品作りでは自社の額縁製造技術だけでは完成できないため、外部のデザインリソースや金属部分の製造外注先、更には箱の供給元も見つける必要がありました。
栗原さんは徹底的なコストダウンをするために自らの足を使ってあらゆる外注先も探し、訪問してきました。

「作っていればいい、ではなく、こういう製品を作るために何が必要なのか、ということを勉強しないとまずいと感じました。そこで、外注先に話をしにいったり飛び込みで営業したり。でも、皆さん共通しているのは、話せば協力していただけるんです。コスト下げたいんですけど、なんて失礼な話なのに相談すると皆さん親身になってくれてとても仲良くなりました。」

その熱意に様々なジャンルのプロが手伝ってくれた。

一連の開発作業を通じて、商品作りの大変さに気づいたことが大きな学びだったと言います。

「技術とセンスだけの世界ではなくて、まずそれを見せる場所や準備が無いとものづくりってダメなんだなって分かったんですよ。ものづくりを支える土台があって、それがあって初めてデザインやセンスが表現できるんだなって。工房の中だけでは知り得なかった多くの学びが商品開発を通じてありました。自分一人では本当に何も出来ないんだなってことを強く感じています。」

商品開発は、作る、だけではない

自分の強みはものが作れること、デザインが出来ること。
だが製品を作るには多くの人の協力が必要で、そのためには人とコミュニケーションをとり、こういうものを作りたいんですと説明する力も、人を動かす力も必要。
ものづくりの根底にある部分が分かってきた気がします栗原さんは語ってくれました。

 

夢中になって仕事をしてきた12年
常に新しいことにチャレンジしたい


この世界に入って12年。

「額作りの世界に入っても最初の頃は何をやればいいのか全然分かりませんでした。なんとなくやって、なんとなく真似ながらやる。でも、こんなものを作りたいなというイメージは最初からあったんです。仕事を続けていくと段々とやれることが増え、それによってイメージしたものを実際に具現化できる瞬間というのが何度もありました。自分の成長を感じることが出来る瞬間です。そうやってやれることが増え、ますます仕事が楽しくなり、イメージできることもどんどん増える。そうやって夢中になって仕事をしているうちにあっという間に年月が経ってました。」

この道に入って12年。

根底にあるのは額作りの技術を活かして新しい何かを作り出したいということ。
今までの繋がりを大事にして自分に出来ることをやっていきたい。
そういうふうにこれからも仕事に向き合っていきたいと思ってます。

「現状維持は衰退にしかつながらないと思っています。常に新しいことにチャレンジしなければ現状維持もできないと思うんです。」

立ち止まったら終わり。

最近では新たにデザイナーや照明会社などと組んでと新しい額縁の可能性を見せる製品づくりも始まっています。

手にした技術を武器に貪欲に新しい世界を目指す栗原さんの強い意思は、取材を通じてビシビシと伝わってきました。
名額、そして彼が作り出す新しい製品やコラボレーションに関心のある方は是非富士製額にご連絡を。


<問い合わせ>

  • 株式会社富士製額
  • 住所:東京都荒川区町屋6-31-15
  • 電話:03-3892-8682
  • 直通:090-2468-6972(担当 栗原 大地)
  • メール:frame.da1@gmail.com
  • Twitter:@tokyo_frame


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