目の前に展開されているのは切断ヴィーナス達のファッションショー。
美しく装い、舞台を飛び跳ねる義足のヴィーナス達。そこに注がれる熱い視線。
7月19日より9月16日(祝)まで、ゆいの森3階の特別展示室にて夏季企画展「切断ヴィーナス」越智貴雄写真展と義足の展示が行われています。
展示されているのは義足のアスリートなど、義足を装着しながらも力強く自分を表現し、写真いっぱいにそのエネルギーを躍動させている女性達の写真です。また、会場奥にはスポーツ用義足など、様々な義足が展示されています。
8月10日、このイベントに連動したトークショーが開催されました。
登場したのは南千住駅横にある鉄道弘済会義肢装具サポートセンターで働く義肢装具士の臼井二美男さん。今回の展示の入り口すぐに飾られている写真のモデルでもある、義足のイラストレーター須川まきこさん。そしてフォトグラファーの越智貴雄さん。2000年のシドニーオリンピックを撮影しに大学時代に現地に渡ったのがきっかけでパラリンピックの撮影をすることになり、パラアスリート達の躍動に魅せられて19年間追いかけ続けています。
日本選手初のカーボン義足を作った臼井さんは、シドニーパラリンピック当時すでに日本代表のメカニックとして活躍されていました。
パラアスリートを追いかけ国内外のあらゆる大会で撮影していた越智さんと、義肢装具士の臼井さんは大会会場で出会い、そこから何度も情報交換・意見交換をするようになります。
「切断ヴィーナス」という企画が誕生するきっかけとなったのは、2012年のロンドンパラリンピック。
走り高跳びの鈴木徹選手を撮影していた越智さんは、鈴木選手の義足からあるはずのない血管が浮き出ているのが確かに見えた感覚に襲われます。
一瞬あと「いや、そんなはずはない」と我に返ったという越智さん。「義足がこんなに体とシームレスに一体化してフィットすることがあるんだ」と驚き、臼井さんの作るかっこいい義足を履く人たちをなんとか写真で残せないかと、臼井さんに相談します。
当時、義足のアスリートを見ている中で「選手達がとても輝いている」「このかっこよさを何とか世間に伝えられないだろうか」と思っていたという臼井さん。越智さんからの相談を受けて、当時すでにイラストを描いて活躍していた義足のイラストレーター須川さんの存在を思い出します。
そこから、義足の世界とスポーツ・アート・ファッションを融合させる、という「切断ヴィーナス」の原点となるアイデアが誕生しました。
フォトグラファーの越智さんにお時間をいただき、お話を伺いました。
– 写真を撮られるのが嫌で、写真を撮る側に
実は僕、写真を撮られるのが小さいころすごく嫌だったんですよ。ふくよかな子どもだったので(笑)。
でも、遠足など学校の行事とかで必ず写真を撮られるじゃないですか。なので、いつも逃げ回ってたんですが、どうやったら写真を撮られずに済むかなって考えていて「そうだ、写真を撮る側に回ればいいんだ!」って気づいたんです。
それで撮り始めたら友人や家族も含めて周りに喜んでもらえることが分かり、自分も撮られずに済むし、これは一石二鳥だ!と思いました(笑)。
そんなわけで、写真を撮るということについては小さいころからいいイメージしか無かったんです。
– 進学先の先生がきっかけで、シドニーオリンピック・パラリンピックへ
大学進学のときに調べたら、写真専門の学科がある学校がいくつかあることを知り、大阪芸術大学に入学しました。風景と報道のゼミを取ったのですが、報道ゼミの先生がオリンピックの撮影経験がある方だったので、「オリンピックを見ると世の中が変わる!」と何度も何度もおっしゃっていたんです。
その影響でとにかくオリンピックを見たいと思い、大学3年生の時に1年間休学してシドニーに渡りました。現地で英語の勉強をしながら取材をしては、新聞社の現地支局に写真や企画を売り込んでいくうちに、運良くオリンピック関係の仕事をすることになりました。そして新聞社からパラリンピックの取材もして欲しいと依頼が入りました。
シドニーに行くときはパラリンピックに関する予備知識は全くありませんでした。実際にパラリンピック大会でパラアスリートの躍動する姿を見た時には本当に驚きました。
どうして鉄の義足をつけてそんなに早く走れるのか、車椅子同士で激しいぶつかり合いが出来るのかと。自分も骨折して車椅子生活をした経験があり、当時は全くいいイメージを持っていなかったので、尚更大きな衝撃を受けました。
初めて海外旅行に行って知らない国、知らない文化に触れたときの感覚に近いかもしれません。
-「壁がなくなる」とはどういう感覚なんでしょう
例えば、障害のある方を見たときに「障害には触れないほうがいいかな」とか気遣われる方が多いと思うんです。それは大人になるまでに社会で培ってきた経験則だと思うんです。義足の方を見たことがないとか、接したことがないとか、TVで見たり聞いたりした情報しかなかったり。
僕は、壁がなくなるというよりは、壁がどんどん低くなる、ということかなと思ってます。
そして、それは「知る」ということでしか実現できないのかなと思ってます。
私は、写真や取材を通じて選手と触れ合い、彼らのことを知る中で、自分が無意識に作っていた壁とは、自分が勝手に作ったものであり、本当は実態のないものであると感じてきました。彼らを知れば知るほど、そういう壁がどんどん低くなり、壁の存在を意識すらしなくなっていきました。
シドニーパラリンピックのころは障害のある方がスポーツをするということ自体があまり考えられない時代だったと思います。今でこそ東京パラリンピックが来るということで当たり前に新聞でも取り上げられたりしていますが、昔はスポーツ面ではなくて社会面での扱いしかありませんでした。
古い世代の時代には差別があり、我々の世代では配慮することが求められた時代でした。
一方、今の若い世代の人たちにとっては、そういう感覚自体が「それって何?」というような時代になってきています。
2020年の東京パラリンピックを経験することで、このような社会の感覚は更に変わっていくと思います。
– 義足のヴィーナス達の「撮られたい姿」を表現した「切断ヴィーナス」
基本的にカメラマンの仕事は「伝える」ということだと思っています。
アスリートを撮影するときは、競技が始まる前にその姿を想像し、大量に浮かんでくる伝えたいことの中から本当に伝えたいことが何なのかを考えぬき、他を削ぎ落として絞っていくようにします。
ですが、切断ヴィーナスプロジェクトを始めようと思った時、今までの撮影スタイルで本当にいいのかと疑問に思ったんです。
そこで、切断ヴィーナスは今までとは全く異なり、本人が撮られたい姿を撮る、というアプローチをしようと思いました。
パラリンピックに出会うまでは私も障害に対して「頑張ってる人」だとか「かわいそうな人」だとかのバイアスを持っていました。
それってどうしてなんだろうって考えると、やっぱり小さいころからメディアや学校でそう教えられてきているんですね。車椅子の人を見かけたら後ろから支えてあげなさいとか車椅子を押すのを手伝ってあげなさいとか。
しかし実際は、突然そんなことをされたら迷惑だったり危険だったりするかも知れないわけです。
もしかすると越智も無意識に勝手なバイアスを発動してしまうかもしれないと感じました。
そこでモデル全員に丁寧に取材をして、とにかく本人が撮りたいシチュエーションや衣装を実現させる。その一点に絞って撮影を行いました。
だから、1枚1枚の写真にその人の個性がぎゅっと込められたのだと思います。
– 特に好きな写真。気に入っている写真。はありますか?
どれもお気に入りなのですが、苦労が多かった写真というのは印象に残っています。
海中で大西瞳さんを撮影した時の事は忘れられません。
大西さんは「とにかく誰も見たことのない写真を撮ってほしい」ということでした。「これは難しいぞ。。。」と(苦笑)。
大西さんの義足の柄がハイビスカス模様だったので、「義足が海中だと映えるかも」と、沖縄のような綺麗な海での撮影のリクエストが入りました。
沖縄までの資金がなかったので、本人のイメージに合った場所を探し回って伊豆半島の最南端に、希望にぴったりの綺麗な海岸を見つけました。
そもそも自分で水中写真を撮ったことがなかったので、撮影方法を調べたり、水中撮影専用の機材やウェットスーツを探してレンタルしたりと、事前準備にもかなり手間がかかりました。当日はぶっつけ本番で撮影しました。
実は、海に義足で入るというのは通常ありえないんです。まず素材が鉄で重くて沈んでしまいますし、錆びてしまいます。チャレンジしてみたんですが、すぐに義足が足から抜けてしまって、抜けるたんびに海の岩場の上で何度も履き直してもらったりしました。
一番大変だったのは、泳ぐ大西さんを水中から撮影しようとしても自分が海に沈まなかった事です。ウェットスーツを着て海中に沈むには、腰に重りをつけないと沈まないという事を後から聞いて知ったのですが、現場ではどうする事も出来なかったので、なんとか知恵を絞り出しました。
まず妻が海中の岩にしがみついて両足を自分の両肩に置き無理やり人力で沈めてもらい、なんとか撮影できました。途中で妻との連携がとれず溺れそうになったりと大変だったのでとてもよく覚えていますね(笑)
– 今回の展示の見どころはなんでしょうか。
写真集「切断ヴィーナス」の第2弾を作る予定で、その新作の写真もいくつか展示しているのでぜひ見てもらいたいと思います。あとはこれまでに12回開催したファッションショーの写真でしょうか。モデルの彼女たちが自分をいかにかっこよく見せるかというのを考えて本当に堂々と舞台で表現しているので、その様子を是非見ていただきたいです。
義足には、ご本人の個性がぎゅっと詰まっているんです。
なかなか想像がつきにくいものではあると思うですが、是非その個性を感じて、楽しんでもらいたいなと思います。
展示は9月16日まで開催中。8月31日には、現役パラアスリートの村上清加さやか選手(パラ陸上)、瀬立せりゅうモニカ選手(パラカヌー)が来場する講演会「輝く女性アスリートたち 目指せ東京2020」も開催されます。
ぜひこの機会にゆいの森に足をお運びください。
義足のヴィーナス達のエネルギーに、きっと何かを感じるはずです。