雪の結晶のように美しい仕事を:精密レーザー加工の株式会社ロッカ(東尾久)

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東尾久に社屋を構える株式会社ロッカ。
通常なら燃えてしまう紙など、様々な素材を精密にレーザー加工する技術を保有し、様々なニーズに対応したレーザー加工品の受託生産を行うとともに、独自企画のレーザー加工商品も複数販売するメーカーです。

「美しすぎる」と各方面で話題を読んでいる「千代切紙」も同社グループ会社の株式会社バックストリートファクトリーの商品の一つ。
得意のレーザー加工により、和紙に繊細な切り模様を施してあります。

ロッカを率いるのは創業社長の馬場さん。
生まれも育ちも埼玉県の馬場さん。高校では吹奏楽部に所属し、卒業後も音楽活動をするなど音楽が大好きな社長です。
結婚を機に荒川区に移り住んできました。

2009年に設立され、設立10年目となる株式会社ロッカ。
社名の「ロッカ」は雪の結晶を意味する「六花」から名付けられており、事業の展開を表すとともに、「雪の結晶のように美しい仕事をしたい」という思いも込められています。

そんなロッカが手がけた仕事の中には、さまざまな大空間を切り紙で装飾するような展示も含まれており、高い評価を受けています。

東京ミッドタウンにおける会社創立当初の作品。吹き抜けのガレリアに切り抜き細工したものを展示。

 

– 2K借家。ゼロからのスタート。


明るい笑顔が印象的な馬場さんですが、会社設立当初は印刷機器などの資産は何も持たないゼロスタートでの起業。
2Kの借家のリビング兼寝室で、家族全員で川の字で寝るような状況だったと言います。

「茫漠とした感じでした。携帯電話、固定電話、パソコン。この3つだけでエイっとスタートしたんです(笑)。」

もともと区内の義父の会社で伝票製本などナンバー印刷の仕事をしていた馬場さん。2009年秋ごろの独立を考えていましたが、2008年に事件が起きます。

「2008年12月のリーマンショックです。印刷の仕事にも大きな影響が出ているのがわかったので、独立するタイミングを早めることにしました。」

やると決まったら即行動に移すのが馬場さん。年明け1月には設立準備に入り、2月には法人登記を完了させます。

当時既にレーザー加工の仕事にはいくつか携わる機会があり、一つ一つの素材に加工を施していくレーザー加工の作業は、通常の印刷の仕事と比較するとあまり「工業的ではないなぁ」とも感じていたと言う馬場さん。とはいえ、独立にあたってやれることは何でもやろうと決めていた馬場さんは、レーザー加工をやってもらえる協力工場は確保した上で、当時既に保有していた会社のホームページに「レーザー加工できます」と情報掲載してみます。これが当たり、掲載すぐにホームページ経由で著名ブランドのカードケースのロゴ加工の仕事が決まります。

「これは仕事があるな、と思いました。それで、レーザー加工を軸に事業を作って行こうと思いました。」

 

– 社名はロッカ。


レーザー加工を中心とした事業展開を考えつつも、敢えてレーザーは社名に入れなかった馬場さん。

「やれることは何でもやろうと思っていました。そこで、娘の名前であり、雪の結晶という意味でもある「六花」からひらめき、レーザー加工、ナンバー印刷、型抜き加工、ホームページ制作、デザイン、印刷。この6つの事業の柱を立てていこうという意味でロッカを社名にしました。」

最初は機械もなくブローカーとしてのスタートでしたが苦労も多かったと言います。

「当時のレーザー加工の協力工場側のリソースの問題もあり、スピーディーに事業を進めることが困難な状況でした。資本提携の話などもあったのですが、何となく気が進みませんでした。独立してやっていけるという根拠の無い自信があったのかもしれません(笑)。」

しかし、経営を始めてすぐに、自社設備の必要性に気づきます。

「当時ハガキサイズのレーザー加工品のサンプルを作るのに一つ500円ぐらい掛けていました。自分の名刺を作る際にもレーザー加工を入れたのですが、500枚作るのに80000円ぐらい掛かりました。」

この問題に気づいた馬場さん、仕事が既に決まっていたこともあり、会社設立1週間で、自前の機械一台の購入を決断。さらにウェブサイトをレーザー加工メインのものに作り直します。

機械は創業当初の仕事に何とか間に合い、一部は外注したものの、夫婦24時間交代で1ケ月稼働させつづけ、無事納品することに成功します。

しかし、その後は継続して安定収益を作るのに苦労し、馬場さんも外回りの営業などに時間を費やしますが「ほとんど受注に繋がりませんでした」。

そこで馬場さんが目をつけたのが、当時他社で注力しているところがあまりなかった、レーザー彫刻による焼き加工を施したオリジナルコルクコースターの製作です。
コルクコースター専用のページを立ち上げたところ、5000枚ほどの注文が入ったといいます。

「これがきっかけでコルクコースターも頑張っていこうということになりました。この専用ページは今も活躍していて、定期的に注文をいただいています。」

創業当時のロッカを救ったのがコルクコースターだったのです。

 

– 紙の加工の依頼が転機に


「2年目に入るちょっと手前のころ、印刷会社様よりとあるデザイン事務所のメモパッドの重ね切りの要望をいただきました。」

紙の重ね切りは煤なども出やすく、通常レーザー加工では1枚ずつ加工するのですが、メモパッドとなれば一気に切断する必要があります。
当初は渋った馬場さんですが、依頼主の強い要望もあり、「試しにペンギンの型を切ってみたのですが、案外切れるということが分かったんです」。

この時依頼を受けて作った商品が、キーボードに挟んで使うメモ「デングオン」でした。

デングオン

お客さんとしてはコスト削減のためには一度に大量にカットすればするほど良いのですが、大量カットするほどにカットスピードが遅くなり、煤が出やすくなったり、少しの紙のめくれなどによって容易に発火したりします。

ロッカでは何度も調整を繰り返し、カットスピードと煤の良いバランスの着地点を見つけることに成功します。

「完成したデングオンをクライアントが展示会に出すと非常に反響があり、コンスタントに注文が入るようになりました。」

これはいけると直感的に感じた馬場さんは、機械1台の追加発注を決め、大量生産できる体制を整えます。さらに、テレビでも取り上げられるなど勢いが出てきたので2011年3月にもう1台を注文しますが、この時、東日本大震災が起きます。

「慌てて機械の発注をいったん止めました。」

しかし、震災にも関わらず、デングオンの売れ行きは止まらず伸びる兆しを見せます。
これを見た馬場さんは、結局、元の1台に加えてさらに追加の1台、合計2台を購入する大決断をします。

「当時会社が入っていた建物の2階しか借りていなかったのですが、それを機に1階も借り、メモを大量生産するようになりました。」

多いときで月に6万セット生産したこともあるというデングオン。
メモパッドが安定収益となり、これを契機に、ロッカは様々な紙の加工商品を世に出していくこととなります。

様々な加工品。

 

– 自社企画商品の誕生へ


デングオンの商売を開始してから2-3年経過したころ、当時組合の若手の仲間3人と、自分たちで何か商品化したいね、という話が持ち上がります。

「1人は営業が得意、1人はシルク印刷を活用した部分糊加工による粘着技術、そして当社はレーザー加工技術を持っていました。そこで人型付箋というものを開発しました。手の部分と足の部分に糊がついていて、手で曲げることでいろいろなポーズをさせることができるものです。更に、同じコンセプトで文字付箋というものも作りました。」

人型付箋 MENMO

仲間と「Backstreet Factory(町工場)」と言うブランドを立ち上げ人型付箋を展示会に出展したところ、テレビにも取り上げられ、バイヤーが選ぶ新商品ランキングで1位に輝きます。さらに、荒川区の新商品新技術大賞にもエントリーし、人型付箋が最優秀賞を受賞するなど、多方面で取り上げられ販売が開始されます。

その後開発した千代切り紙も、Backstreet Factoryの商品として販売されています。

 

– 令和元年を機に、新たな展開も


創業より10年。様々な苦闘を経ながら成長しつつ、独自のレーザー加工技術で成長してきたロッカ。2018年には現在の新社屋に移転します。

「いつも直感的に判断して動いてきましたが、これから更に会社としての安定した就業基盤を整えていくためにも、そろそろ直感的に突っ走っていくだけではいけないな、と思っています。令和の時代になったこともあり、ここから改めてまたゼロ創業という覚悟でやっていこうと思っています。」

具体的には社員の福利厚生なども整備しつつ、事業として新たに、レーザー加工機の時間貸し事業など、工場を地域のファブ施設化することも検討中とのこと。

「AIデータだけを持ち寄っていただければ、自由に加工機を使って製作を楽しんでいただけるイメージです」

創業10年を経たロッカ。
これからまたどんな製品、サービスを東尾久の地から生み出していくのか、注目です。


<会社概要>

*美しい加工の千代切り紙は各種文房具店、オンラインショップなどで販売されているほか、千代田線町屋駅3番出口より徒歩3分の文房具店「木屋本多紙店」でも販売中(https://twitter.com/hondakamiten)。


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