土の息遣い。海山の恵み。喜びを感じる四季の食。エノテカエクウス(東尾久)(前編)

赤土小学校前から徒歩5分。
東尾久の住宅街の中にひっそりと佇むイタリア料理店。

そのお店「エノテカエクウス」のホームページには、こんなことが書かれています。

夏には夏の・冬には冬の・
今大地で育つ、体が本来求めている
旬の食材だけを使い自然の持つエネルギーを頂戴する
体に優しく・素直に美味しいと笑顔になる料理

お野菜・魚介類・和牛・ジビエ
全てが生産者から直送
素材本来の香りを大切に・手を加えすぎず
味わいを引き出し仕上げた

四季の季節感と旬の素材の持ち味を生かす
皆様の心と体に染み入る
そんなひと時を感じてください

店のオーナーは、渡邊将史さん。

19歳で食の道に入り、都内各所の老舗イタリア料理店などで修行を積み、20年以上にわたってイタリアンの世界で腕を磨いてきました。

季節の素材の持ち味を生かす。自然と美味しい笑顔になれる。そんなテーマでシェフが作り出す料理に魅かれ、東尾久まで著名店のシェフや業界人を含む様々な方が食べに来るという、そのお店を訪ねてきました。

初対面の瞬間はちょっぴり口数の少ない無骨な雰囲気のシェフ。
でも、話すほどに、食が好きで、料理が好きで、食べる人に素材を楽しんでもらいたい。
そんな気持ちがぐいぐいと伝わってくる楽しいインタビューになりました。

– 子どものころから料理は好きでした


宇都宮出身の渡邊さん。実家は肉の卸業者を営んでいたそうです。

「子どものころから父親が包丁を持って肉を捌いたりしているのを見ていて、かっこいいな、とは思っていました。母親も料理が上手でしたし、親戚にも自分で船を出して釣りに行ってしまう人がいたり、とにかく食べることについてこだわりのある人たちが周りにいる環境でした。」

料理をするのも好きで、お姉さんよりも料理の手伝いは良くやってたんじゃないかな、と笑う渡邊さん。実は国体に出場するほど子どものころは水泳の練習に明け暮れていたそうですが、心の中では食の道で仕事をするという感覚は自然と持っていました。高校卒業とともに、地元で飲食の道で就職することを希望します。

「母親に断られました。あんた友達もいないんだから、とりあえず友達を作るという感覚でもいいから外に出て、外の世界から料理を見てからこの道に進むかどうかを決めても遅くはないんじゃない?と」

これがきっかけで宇都宮を出ることを決めた渡邊さんは、どうせ出るなら東京以外の土地に行こうと大阪の辻調理師専門学校に入学します。
大阪での1年の勉強を経て、東京に戻ってきました。

– イタリアが好きなのではなくて料理が好きなんです(笑)


東京に上京してからは12年に渡り、都内老舗イタリア料理店などで修行を重ねます。

就職当時はイタリアンブームだったこともあり、イタリアンという道を選んだ渡邊さんですが、当時19才の渡邊さんが最初に選んだのはルネッサンス期の貴族料理をだすお店。
今のフランス料理が完成される前の料理を現代風にアレンジして出しているお店で、ぱっと見はフランス料理のイメージでした。

「それもあってか、僕の料理を食べる方にはよく、イタリアンっぽくないね、と言われます。そう言われると、僕別にイタリアンが好きでやってるわけではないんで、って答えてます(笑)」

とイタリア料理店のシェフらしからぬ衝撃の発言が飛び出しました。

「僕、イタリアが好きなんじゃなくて、料理が好きなんですよ。フランス料理の勉強も自分でしていますし。ただ、味噌とか醤油とか、そういったものを使うことだけはやらないようにしています。味噌とか醤油とかは、本当に世界一素晴らしい調味料だと思うんです。ですが、僕は食材には国境は無いと思いますが、調味料まで使ってしまうとそれはもうフレンチではなくて創作料理だと思うんですね。」

渡邊さんの料理に対するスタンス、こだわりのポイントがどのあたりにあるのかが窺えますね。
その後渡邊さんは、料理の世界ならではの厳しい修行の洗礼も受けつつ、サバティーニなど有名店での勤務も経て腕を磨き続けますが、ひょんなことから独立の機会を得ることになります。





– たった1日の出会いが繋いだ思い。縁もゆかりもなかった東尾久の地でお店をオープンすることに。


住まいも荒川区ではない渡邊さん。荒川区の中でも決して交通の便が良いとは言えない土地にお店を持つことになったきっかけは不思議な縁がもたらしたものでした。

「実はここはもともと僕の後輩がやろうとしていたお店なんです。ここは、彼の実家でした。」

その後輩の方は、渡邊さんがあるお店で働いていたころに別の支店で働いていた方。
仕事を一緒にしたのは1日だけだったのですが渡邊さんのことを慕ってくれて、渡邊さんの勤務先が転々と移っても必ずお店に来てくれていました。
30才のとき、当時働いていたお店を辞めることが決まっていた渡邊さん。
辞めてしばらくはのんびりしようと思っていたある日、その彼が訪ねてきます。

「彼が病気になってしまってお店ができなくなったため、やりませんか?と言われました。それで、彼への感謝もこめて1年ぐらいやってみようかなと思って始めたんです。」

それまで東尾久に来たことすらなかった渡邊さんですが、実質1ヶ月ちょっとの準備でお店をオープンすることになります。
たった1日だけ仕事を一緒にした方とのご縁がここまで続いたというのは本当に奇跡のようだと言います。

「チャンスは突然やってきたりするものだと思うんですが、ただ、チャレンジできる準備をしてあったのでチャレンジできたのかなと思うんです。準備をしてあれば、チャンスが来た後は自分でどうにかするものだと思います。その時の僕は本当に突然でしたが、やってみてもいいかな、と思うことが出来ました。若かったので多少意気がっていただけかもしれませんが、今振り返れば、チャンスに対してチャレンジできる準備をしておいたのは大事だったのかなと思います。」

– 素材の命を感じることのできる料理。


「そろそろ何か料理を用意しましょうか」

そう言っておもむろに厨房に入ったシェフ。てきぱきと準備を始めます。

取材に来た2人の記者のために今回用意いただいたのは「カニのプリン」。なかなか聞いたことのないメニューです。

「どうぞ」と特製の木の器に載せられて出たきたプリンの表面はカニの内子と外子が色鮮やかに彩られ、その上にシェフが「ちょっと待ってくださいね」と後から乗せたのは野草のような可憐な花。聞けば「タケツネバナ」とこれまた聞きなれない名前です。ソースもカニの殻の出汁で作ったというカニの全てを凝縮した一品。

あまりに綺麗な出来栄えに崩すのが憚られますが、一口スプーンにすくって食べてみれば、内子の独特の濃厚さ、外子のプチプチした食感。これらが同時にしっかりと楽しめ、それでいて食べた後はすっと口の中に溶けて消えていく。まるで、カニの息吹を感じるような、とでも言うのでしょうか。どんどんと箸ならぬスプーンが進みます。

タケツネバナも食べられるというので食べてみると、クレソンに似たさわやかで野性味のある苦味がほんのりと広がり、カニの濃さと絶妙なハーモニー。

「野草なんでその辺に生えてるんです。農家さんに、それが横っちょに生えていたら取っておいてください、って頼んであって送ってきてくれるんです。」
「やばい、、これめちゃくちゃうまいです。。」

思わず出てくる2人の心の叫びならぬ舌の叫び?に、シェフも思わずにっこりです。

食事以外にも食べ物の命を感じられるものがあります。
例えば、鹿の骨で作ったカトラリー。これは、鹿を仕入れる際に出汁をとるために使った鹿の骨を利用して渡邊さんが自ら製作したものです。

「これは1歳の蝦夷鹿で110kgのオスの骨です。カトラリーとして出すとお客さんに何の骨かと聞かれるので、今出しているそのお料理の個体の鹿ですよ、と答えてあげるとみなさん驚かれますね。」

触ってみるとずっしりと独特の重みがあり、かつてこれが命を持って野山を駆けていた野生動物のエネルギーを支えたものであったことを感じさせてくれます。

– 生産者との関係。土地にいかないと分からない喜び。それをお客さんに伝えたい。


生産者との関係を大事にする渡邊さん。2019年も全国津々浦々の生産者のもとを訪ねる旅に出ています。
その様子は渡邊さんのインスタグラムなどで公開されていますが、地元の生産者などを直に訪れ、ワクワクしながらその土地の食材などに触れている様子が写真からも伝わってきます。

生産者を訪問

「例えば先日千葉の農家さんを訪問した際、そこではそら豆を栽培していたんです。そこでふと、まだ実もなっていない新芽を少し摘んでそのまま口に入れてみたら、そら豆の香りがプンとして、ものすごく美味しい。これいいじゃない!と少し送ってもらいました。」

気張った食材ではなく、普通の野菜だけど普通に美味しいもの。農家に行かないと分からない、市場に出てくる前の「出来上がる前の美味しさ」。
そういうものを発見したときの喜びや新しい美味しさ。「そういうものをお客さんにも伝えたいんです。」と渡邊さん。

ちなみに、そら豆の新芽や葉は農家の人ですら食べていないということ。
そんな食材と思われてもいないようなものを楽しめる料理にする、それを考えるのが面白いと、目を輝かせて語る渡邊さんのいたずらっぽい顔が印象的でした。

渡邊さんが繋がっている「生産者」さんは、食材の生産者だけではありません。
お店で使われている食器なども、ほとんどがお知り合いの作家さんに作ってもらったこだわりのものです。

そういうこだわりも渡邊さんに聞けばきっと教えてくれるはず。気になったらぜひ聞いてみてください(後編に続く)。

・ジビエやグルテンフリー、食に関する想いがわかる後編はこちら > 土の息遣い。海山の恵み。喜びを感じる四季の食。エノテカエクウス(東尾久)(後編)


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