明治通りから少しだけ横道に入ったところにある老人福祉センター。
3月の初旬の週末、荒川区制85周年を記念した区民ミュージカルの練習が行われていると聞いてやってきました。
目指すは5階の会議室。福祉センターらしい静けさの中エレベーターに乗り込みます。
エレベーターの扉が開くといきなり飛び込んできたのは、賑やかな子供たちの明るい声。
休憩中の子どもたちの若い熱気がもわーっと充満する廊下で、問い合わせをいただいた大貫さんを尋ねます。
「いらっしゃい」とほどなく大貫さんが現れ、「どうぞどうぞ」と早速練習室へ案内いただきました。
分厚い扉の中では区民の役者さん達がセリフ出しの練習の真っ最中。老人福祉センターの会議室とは思えないピリッと緊迫した空気感が室内に充満しています。
指導するのは脚本・演出・音楽をはじめ、振り付け・衣装以外の全てを手掛ける総監督の寺本建雄さん。
たまに笑いを織り交ぜながらも、大きなダミ声を響かせて、役者のセリフ一つ一つに間髪入れず指導を入れていきます。
和やかな雰囲気の中にも観客に見せるものを練習しているんだという妥協を許さない緊張感が漲ります。
「どどどん、どどどん!」と。
「せんじゅこづかっぱらの、、」「千住、小塚っ原の!ゆっくりね。」
「虎松という男が、」「早い!ト・ラ・マ・ツという、男が。日本語はもっと、ゆっくりゆっくりと。」
「しきのゆたかさ、、」「知識の豊かさ!」
仕切り壁を取り払った通しの大きな部屋に響き渡る声。
ゆったり流れるギターの音を背景に、真剣そのものの稽古が。
台本をただ発声させるだけでなく、寺本さんはその物語の背景も時折ちゃんと説明をします。
背景をわかってセリフを言ってほしい、じゃないとお客さんに伝わらないよ、という思いが指導の中に込められているのが伝わります。
ついで、子どもたちの練習が始まりました。
「はーい」「ダメ!おい、なんでそんな元気ない!ゴハン食ったかー!?
「はーい、じゃなくて、はいっ!! わかる?」
「はいっっ!!」
寺本さんの一言で、見違えるような声を出す子どもたち。
「台本を読むんじゃない。話せ!」
強面の寺本さんに厳しくダメ出しをされても、打てば響く鐘のように、子どもたちはそこに応えていきます。
実はオーディションで初めて出会った子どもたち。最初はお互いに知らない者同士だったそうですが、練習開始から半年たった子どもたちの姿は、ミュージカルを通じてお互いをよく知った同志のようでした。
実はこの区民ミュージカル。5年前の区政80周年に行われた初回についで2回目の実施となるもの。
この企画の推進役であり、荒川4丁目で不動産業を営まれる小林清三郎さんの思いと、総監督の寺本さんのご縁から生まれてきた企画です。
大人も子どもも一緒になって、みんなでなにかを作り上げたい
「荒川の地で生まれ育ったものですから、私の子どものころっていいますと大人と子どもの距離が近かったんですよね。隣の店のおばさんが地域における自分の親代わりだったりするようなね。
私は、芸術というものを通じて何かそういう環境作りに貢献したいなと思っているんですよね。ミュージカルをやって、自分自身も歌って踊る。自分がやって楽しくて、見てる人も見ていて楽しい。そういう形をみんなで作り上げていきたいんですよね。」(小林さん)
「寺本さんのことはもう30年ぐらい昔から知っているんです。彼らの劇団ふるさときゃらばんは全国に展開していて、そこで育てた応援団の人たちのネットワークがベースになっていて、そこから自分達の劇が広がっているんですね。なおかつ、そこで得た情報を脚本に取り入れておられる。
そうすると、劇を見ている中で、「これは俺の町の名前だ」「俺の会社のことじゃないか」。そんな反応が生まれてくる。そういう、生の取材に沿った現実味のある情報が散りばめられた脚本の内容が面白いんですよ。」(小林さん)
よそ者だからこそ分かる魅力を伝えたい
「地域をテーマとしたミュージカルはもう随分と作りました。殆どがそういうミュージカルです。
夢物語みたいなものが僕は大嫌いなんで、見た人が楽しいな、そして元気が出るようなミュージカルにしていきたいと常に思っています。
知っていることはもっと深く、知らないことは「あーそうだったのかー」って思ってくれるようなミュージカルを作りたいんです。」(寺本さん)
「今回の脚本を作るにあたって、浅く広くですが、区史は全部読みました。昔は、荒川区に住んでいるのが恥ずかしいと思っていたような方の話しも聞きました。
でも自分の出た学校、出た町、出た家庭、そういうものを大事にできないのは不幸なことです。僕はよそ者だから、よそ者が荒川区を見たときの魅力、そこの人たちにとっては当たり前のことが当たり前じゃないんだよ、ってことを知ってもらいたい。
この町は素晴らしい区なんだよ、ということを僕は思ったので、楽しんでいただきながら、それが伝わってくれるといいですね。」(寺本さん)
テーマはおせっかいのおばさん、勤勉
「今回のテーマは宝物さがし。私は、荒川の宝物の一つは「おせっかいのおばさん」だと思っているんです。絶滅危惧種おせっかいおばさん(笑)。
でも、おせっかいというのは、抑制が効いたら究極のおもてなしということになるんだよ、っていうのを伝えたい。」(寺本さん)
劇団員によるちんどん屋も結成され、日暮里マルシェなどでPRが行われました。
「それから、荒川区の方っていうのはみなさんほんとに真面目に働くんですよ。だからお惣菜が発達するんですね。お風呂屋さんとかね。庶民の味方ですよね。
今回の劇では、潰れた会社のスパナを使った踊りとか、労働・勤勉をテーマにした内容も含んでいます。」(寺本さん)
体で覚える子どもたちとの練習は一苦労
「9月にオーディションをしたんですが、ここまでの稽古はすごく大変でしたね!(笑)
荒川区の子どもたちは頭で覚えるっていうより、体で覚えるんですよ。動物的っていうかね。
どっちがいいっていうわけではないんですが、練習の日にちは2倍かかります(笑)
でも、最終的にはちゃんとやってくれると思います。」(寺本さん)
最後に小林さんが仰っていたことが印象的でした。
「上手くいくとかいかないとかもありますが、一生懸命やるってことが大事なんです。何かに一生懸命打ち込んでいると、目つきが違うんですよ。そういうことを、観客の方にも感じてもらいたいなと思いますね。」
素人区民がタッグを組んで、半年にわたって猛特訓を積んで作り上げてきた「区民ミュージカル」。
テーマは「あらかわ宝物さがし」。
この町にどんな宝物があるのか?
荒川区再発見の旅、ぜひその一行の一員となって、あなたも劇場で楽しんでみてはいかが?
チケット絶賛発売中です。
<イベント詳細>
- 名称:荒川区制85周年記念区民ミュージカル「あらかわ宝物さがし物語 PART2」
- 日付:2018年3月25日
- 会場:サンパール荒川大ホール
- 公演時間:①昼公演:開場12:30、開演13:00(残席わずか)、②夕公演:開場16:30、公演17:00
- 料金:大人3,000円、中高生2,000円、小学生1,500円、親子4,000円(大人1名+小中高生1名)(ACC友の会割引あり)
- チケット販売:町屋文化センター、サンパール荒川、日暮里サニーホール、ムーブ町屋にて販売中
- 問い合わせ:荒川区民ミュージカル実行委員会 03-3802-3111 / kuminmusical@city.arakawa.tokyo.jp
- 主催:荒川区民ミュージカル実行委員会
- 共催:荒川区、荒川区芸術文化振興財団
- 制作:LALALA OFFICE
<寺本建雄プロフィール>
数多くのミュージカルを手掛け、菊田一夫演劇賞をはじめ数多くの賞を受けている。作曲だけでなく、専門のフルートの他、千手観音のように楽器を名のつくものなら何でもこなす。アメリカやスペイン、中国でも演奏し、「アジアの天才」と呼ばれた。
幾多のイベントの構成、ポスターや出版物のデザインも手掛ける。国や県に招かれ、講演活動も活発に行っている。
2014年に作・演出した宮城県の被災者によるMUSICAL MOVIE「とび出す100通りのありがとう!」が全国で上映中。2015年にはニューヨークの9.11追悼コンサート、2016年はシアトルで3.11追悼コンサートにゲスト出演し絶賛された。バルセロナオリンピック芸術祭に参加。渋谷区の小学生参加ミュージカルを毎年手掛ける。